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その1:「高根台たすけあいの会」立ち上げ


高根台駅外観
高根公団駅北口。

新京成線高根台駅ホームよりあああああ。 新京成線高根台駅ホームよりあああああ。

高根台基礎データ(平成21年4月現在)
人口 10,621人
世帯数 -
65歳以上 3,254人
高齢化率 30.6%
民生委員数 20名(内、主任児童委員1名、全員女性)
担当区域 高根台1〜7丁目(高芝、松が丘、習志野台一部含む)
周辺地図 高根台周辺地図

(高根台団地の概要)
 昭和36年(1961年)に入居が開始された船橋市高根台団地。同市内では前年に完成した前原団地に続いて、日本住宅公団(現:独立行政法人都市再生機構、略称:UR)によって造成された戸数4650戸を擁する大規模団地だ。都心まで1時間圏内という立地から、俗に千葉都民と呼ばれるサラリーマン世帯が多く住み、船橋市内の人口増を牽引してきた地域の一つでもあった。
 その団地も、造成から30年ほど経た昭和末期頃から急速な高齢化が進み、民生委員・児童委員(以下、「民生委員」という。)や自治会を中心に、住民同士が助け合える形を模索し、様々な試みを行なってきた。


(困っている人を助けたい!)
 高根台団地に、住民互助型ボランティア組織が出来たのは、平成4年5月のことだった。昭和末期頃から団地内の高齢化が目立ち始め、民生委員1人が受ける相談件数も年間100件以上に昇り、迅速な対応を取ることが難しくなってきていた。また、当時は介護保険法も成立しておらず、公的福祉サービスが充実しているとは言い難い状況だった。

 こうした団地の状況を受けて、民生委員や自治会、母子推進員は、「今後の高根台団地の福祉のあり方」について検討を行っていく中で、団地住民同士が支え合える形として、ボランティア組織の設立を目指していくことになる。
 ただ、設立を目指していくにも、活動拠点となる場所もその担い手も、そして資金もない中で、まさに手探りで進んでいくことになる。

 高齢者へのアンケートなどを行う中で、「高根台たすけいあいの会」というボランティア組織が誕生した。構想から3年の歳月をを経ていた。
 この設立に向けた諸活動は、改めて団地住民に「つながり」の在り方を問いかけ、それを紡いでいくという作業の連続だったようだ。そこには、「困っている人を助けたい」という一念が、民生委員や自治会を突き動かしていた。しかし、新たな組織作りは、すべてが手探りからのスタートだった。


(ゼロからのスタート)
 高根台団地に自治会が発足したのは、昭和39年(1964年)、入居開始から3年目のことだった。自治会内には福祉厚生部が設けられ、毎年敬老会の開催をはじめ、地区の高齢化に伴って発生してきた諸問題について市や公団等に様々な要望を行ってきた。その中には、一人暮らし高齢者(65歳から69歳)の医療費無料化や介護者の派遣、市老人福祉センターの建設等々があり、市政に反映されたものも少なくないようだ。

 平成元年(1989年)4月、自治会と公民館共催による「高齢化社会を考える」と題した婦人学級が開始された。地域福祉のあり方など様々なことを学ぶ一環として、すでに助け合いの活動を行っている「杉並・老後を良くする会」を視察する機会があった。
 「杉並・老後を良くする会」は、昭和46年(1972年)に発足、全国でも先駆的に昼食の配食サービスやデイサービス、車の送迎等の地域福祉活動を行っていた。その視察に参加した浅野玲子高根台地区民児協会長(たすけあいの会会長)は、「地域の問題は地域で行う」「自分の足で行って、見て、聞いて、拾い集める」というその姿勢に、高根台団地の行くべき方向性を見出したという。それは、団地住民による団地住民のためのボランティア組織を作ること繋がっていった。

 それには、まず「高齢者は何を求めているのか」「どのような生活を送っているのか」その実態を把握し、高根台団地には何が必要なのか検討していく必要があった。自治会福祉厚生部では、同年11月に団地内高齢者を対象とした生活実態調査を行った。この調査内容は、収入や健康状態、病院への通院歴、介護者の有無、困っていること、生き甲斐など、高齢者の日常生活全般に関する多岐に渡るアンケートを行っている(調査項目とその結果はこちら PDF:○KB)。


(「たすけい合いの会」発足!)
 調査結果を取りまとめた団地内民生委員は、自治会と歩調をあわせてボランティア組織作りを行っていくことになる。これに母子福祉推進員が加わり、実態調査の結果を踏まえたボランティア組織作りについて検討を重ねていく。
 平成3年(1991年)3月に住民との懇談会を開催することになる。自治会ニュースなどを通じて、団地住民に広く周知するとともに、団地内の各団体やサークル、学校、PTA、敬老会、若者などに直接出席を要請していく。
 この懇談会の趣旨は、「私たちの住む高根台団地の住民の実態をさまざまな角度から把握し、何が出来るか、何が必要かをみんなで考えるために催す」というものだった。自治会からは「団地の住まいと暮らし」について、民生委員からは「民生委員の抱えている問題」と題して一人暮らし高齢者や老老世帯、認知症等の事例について参加者へ報告を行い、これらをもとに高根台団地の実情に即したボランティア組織作りの必要性を訴え、参加者全員の同意を得ている。






団地造成とともに転居してきた高根台たすけあいの会会長(高根台地区民児協会長)の浅野玲子は、「本当に何もない所に、ただ線路が通っていて、団地がポツンとあっただけ。お店も学校も公民館も何もなかったわねぇ」と当時を述懐するように、人的・物的資源も、ましてや福祉ネットワークなど無いに等しい新興団地の「つながり」を求めるゼロからの挑戦だった。
 民生委員でも自治会でも社協でもなく、自分たちの街の課題は自分たちで解決していくという

 農村地域にはひと昔前まで「おらが街の学校」という学校を
その理念は、農村の「結(ゆい)」の風習に通じるものがある。

高根台たすけあいの会の会長浅野玲子さんは往時を振り返る。

自治会事務局長を務めた山下榮子さん(現:地区社協会長)は、「この団地には、自分たちの街は自分たちの手で良くしていこうという思いを持つ人が大勢いました」



お金のことも、ましてや事務所のことなんか全く考えていなかったわ
設立当初は、自治会の事務所を間借りしていた


高根台たすけあいの会事務局長(高根台地区民児協副会長)の石井五十鈴さんによると、

自治会の婦人学級では「老後を考える講座」の開催をはじめ、福祉先進地である杉並区の○○施設の視察や健康・福祉の学習会等を行ってきた。そうした活動の中で、高根台団地に適した福祉のあり方を模索していく中で、自治会や民児協、社協ではない新たな組織作り案が浮上してくる。


「だけどね、今と違って入居者もみんな若かったし、それを作っていくだけのパワーがあったわ」とは高根台たすけあいの会事務局長(高根台地区民児協副会長)の石井五十鈴さん。

 高根台たすけいあいの会の発足は、石井さんが民生委員として関わった一人の高齢者への支援がきっかけだった。

 同じ棟に住む独居高齢者から「東京の病院へ薬を取りに行ってくれないか」という依頼を受けたことが発足のきっかけなのだという。「何回かは私が取りに行っていたけど、とてもずっとは無理だ」と感じ、同団地内の浅野さんほか民生委員へ相談したという。その他地区を受け持つ民生委員からも高齢者からの依頼を受けることがしばしばあったため、高根台団地全世帯に対して、どのようなニーズがあるのかアンケートを行った。その内容は、

 その団地も、竣工50年を目前に控えた現在、老朽化のため、団地の一部では建て替え工事とそれに伴う入転居が進んでおり、地域コミュニティの再編成が行われているところだ。


地域と学校、親がきちんと手を繋いで輪を作り


 現在では、家事援助から始まったこの活動も、食事会や茶話会、広報誌の発行と多岐にわたり、その時代のニーズに合わせた活動を行なっている。

(ティ―ルーム「きんもくせい」)
毎月第1・3金曜日と第2・4木曜日の10時半から15時半まで、船橋市高根台アートヒル第1集会所で開催されている喫茶サロンだ。平成17年より団地住民の居場所作りを目的に開始され、本格コーヒー1杯150円を目当てに、常連客も付いている様子だ。





 また、年々住民の高齢化も進んでおり、平成21年3月31日現在では32.3%と、船橋市全体の19.0%とは大きな差がある。


ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ




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    その3:K-Net確立に向けて

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    その4:藤心民児協発「災害時一人も見逃さない運動」
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    その6:民生委員行動マニュアルと防災福祉マップ
    その7:民生委員から地区防災へ
    その8:今、できること